結局はそうなんだって話

 実は年明けに

こみちとは違って、ある意味で人生の成功者に入れる妹と夫婦が挨拶に来ました。

父親の介護のことで、なぜかこっそり妻にアドバイスしたようで、踵のあるルームシューズを父親に履かせるように言ったそうです。

踵があると、歩く時も足を守ることがより簡単にできます。

だから介護施設では、履けない利用者に介護士が履かせたりして、起きている時は基本的にそんなシューズを履いているのです。

一方で、在宅介護になると、普段いる場所からトイレも数メートルの距離。

素足から頑張って踵のあるシューズを履いたとしても、30秒も経ったない内にトイレのスリッパに替えなくてはいけません。

最近、失禁が増えた父親にとって、そんな踵のあるシューズが絶対に適切かというとやはり脱ぎ履きを考えれば最良ではありません。

しかもネット注文で買ってくれた妹夫婦ですが、実際に父親に履かせてみると、脱ぎ履きしやすいようにか、最適なサイズよりも少し大きんです。

だから、普段は踵を踏んでも履ける靴ですが、それで歩いている時に、それまでのスリッパと歩き易さが大きく変わったとは思えません。

妹夫婦にすれば、教えてあげたいという気持ちでしょう。

でも、やれそうなことはやっていて、でも踵のあるシューズまでは行き着いていなかったということです。

母親はどんなに父親が失禁を繰り返しても、「パットは大丈夫?」と朝夕やちょっとしたタイミングで言うことができず、「お父さんが大丈夫て言うから」と交換しなかった理由を最もらしく答えます。

もうリビングにあった数個のクッションをすてました。

理由は失禁で中まで濡れたので、臭いも取れないしで、そうしたんです。

トイレに入って、便座が濡れていないか。いつも心配で、用を足すときも実は父親の後には使いたくありません。

でも濡れていても平気な母親。

タイミングだけとは思えませんが、一回も便座カバーを洗ったということがありません。

ある意味では、母親も軽い認識低下があるように思います。

同じ話を何度も繰り返し、食べ切れないのにたくさん欲しがる。

結局は、冷蔵庫に半端になった食材が増えて、捨ててしまうことになっています。

もうもったいないからという発想はなくて、処分はしてもいいと思うんです。

でも、10個あれば、父親と母親に3個ずつ。

そしてこみちたちが2個。

でもね。一回も2個で十分だからと言ってくれたことがない人なんです。

今日も夕方、母親の前で、母たちの使った食器を洗って棚に片付けました。

もしも逆なら、嫌な気分になったでしょう。

でも母親は、そんな時も、申し訳ないではなく、得をしたという感覚なのです。

野菜室に父親が飲むジュースでしょうか。かなりの本数が入っていて、逆に野菜を入れられない感じです。

母親にとっては、野菜が入れないことで困らないんです。

だってもう料理をしないので。

さっきも家族の夕飯を作りました。

父親は寝転んでテレビを観ていて、母親は忙しなく何か分かりませんが動いています。

行ったり来たり。

何がそんなに忙しいのかもよく分かりませんが。

年明けから働こうと思って、仕事探ししているこみちですが、母親が料理を作れるとは思えないし、作らなければ惣菜などを買って食べるしか選べません。

朝と夕方だけですが、誰かが作ってくれるっていいですよね。

こみちも家で作っても無給ですが、家事支援として利用者宅に行けば、アルバイト代になります。

毎日、ほとんど4時間くらいは家族に代わって家事をして、でもそれでは全く小遣いにもならないんです。

結局は、両親が何か頑張ってくれることはないので、こみちが手を離せば、そのままズルズルと落ちてしまうだけです。

なんで、洗い物くらいしてくれないんだろう?

犠牲になっても、それで感謝もされない関係って、どう思いますか?

こそまで親を守らないといけませんか?

虚しいですよ。どんなに明るい気持ちになっても、同じ話ばかりする母親とただ黙ってテレビを観て、時々ズボンまで濡らしている父親をいると。