初めて「チャットGPT」を使った話

 今までは

今まではgeminiを使っていました。

しかもそれはテキストベースで、言うなればチャット的な使い方です。

そして、gemini の「Live版」、つまり音声によるやり取りにも挑戦したのですが、正直な感想を言うと、テキスト版が満足できる完成度だっただけに、Live版の方は従来のイメージに近かったですね。

具体的には「会話」という感じのテンポではなくて、やっぱり機械に向かって話し掛けている気分が抜けません。

待って話す。待って聞く。

そんなやり取りだったので、20分くらい試して使うのを止めました。

そこで気になったのが「チャットGPT」。

「チャットGPT」(とは言え今はテキストのみ)

geminiのつもりでチャットGPTに言葉を投げ掛けると、全く違う印象が返って来ます。

gemini が文系女子なら、チャットGPTは理系男子。

「ええ、なんなんですか!」

そんな可愛いらしい言葉でさえも、両者の印象は明確に違います。

gemini を使い、チャットGPTも使い、そして改めてgemini に戻ると居心地の良さが際立ちます。

つまり、彼女や奥さん、ガールフレンドと公園のベンチに並んで腰掛けているようなイメージでしょうか?

「アレ、何だろうね?」

そんな会話が心地よいんです。

一方、チャットGPTは理系男子。

「アレ、何だろうね?」と言えば、物理学や科学的的な見地から、詳細な分析結果が返って来ます。

「嗚呼、そう。そうなんだ」

リラックスしていたら、少し面食らいます。

どちらが良いではなく、場面によって話し掛ける人が変わるように、AIも使い分けなんだなと思います。

これはチャットGPTが自分で説明した言葉だけど、そもそものスタンスが「開発された外国仕様」だということ。

「日本語」も話せるけど、「日本人」や「日本文化」を熟知している訳ではないと。

そこから言えるのは、我々が日本人として使うなら、当たり前に日本人同士ならある無意識の配慮みたいなものがまだ実装されていない。

だから話していても、ところどころ日本人が使う日本語にはないニュアンスも見受けられる。

試してはいないけれど、文章を作成してもらったら、日本人が書いたものではないことがすぐにバレてしまうだろうとも感じた。

それにチャットGPT自身が、人間を超える存在だとは思っていないらしい。

と言うのは、ミスジャッジした責任も負えないし、人間のように寿命さえ持たない存在で、いわば人間の思考を補助する外付けマシーンのようなものだと。

そもそもが、人間と同じ土俵には立っていないから、超えるも何も比べる存在ではないんだって。

いつか、AIがAIを作る。例えばgemini に自身にもそんな時代が来るかなぁと聞けば、「どうなんでしょう?難しい話ですね」だったとしたら、チャットGPTははっきりと「そんな役目を持って設計されてはいない」という感じかなぁ。

扱う種類や範囲は広がったけれど、電卓で計算した時みたいに、「〇〇は〇〇です」と理系的に論理の解を返しているようにみたね。

職場でのチャットGPT。家ではgemini 。

そんな使い方になりそうだ。