食費の分担
こみち家では、何となくこれは親に財布から、でもこっちはこみちたちの財布からという了解があります。
でも最近の母親は特徴的で、これまでの担当を全うすることができなくなって来ました。
具体的には、スーパーで安いなと感じたら、それを買ってしまうんだと思うんです。
マヨネーズはカロリーオフの商品を使うことになっていて、それで母親がずっと買ってくれていました。
ポテトサラダやコールスロー、唐揚げの隠し味に少し加えたりと、やっぱり欠かせません。
こみちはカロリーオフでなくてもいいのですが、両親のこだわりや習慣で、決まったブランドの決まった商品が好みなようです。
「そろそろないんだけどなぁ」
実は昨日、こみち自身が買うかどうか、店で迷いました。
以前にも何度か同じようなことがあって、買ったりしているのですが、結局は両親がいつものマヨネーズを買い直すので、昨日は躊躇って見送りました。
帰宅して、シンクの下の備蓄を確認すると、マヨネーズではなく、麺つゆが増えていました。
冷蔵庫の麺つゆはまだたくさん残っています。
だったら、残り半分になった出汁か、マヨネーズが理想です。
ここで何で麺つゆだったのか?
安かったんだと思います。
もう一つの理由は、買っても置き場さえあれば問題にならないからでしょう。
半年くらい前までは、麺つゆのストックが数本もありました。
消費期限までに使えるだろうか?
いつもは醤油とみりん、砂糖で味付けしていた煮物を麺つゆベースに変えて、とにかく早く使ってやっとストックを無くしました。
これ、買い物のことだけではありません。
自分で食べることはできる父親。
朝起きて、夜寝るまで、自分のことも最低限しかしなくなりました。
「麦茶飲む?」
声を掛けると答えますが、自分では面倒なのでまず動きません。
食事も作っても母親がパンやお菓子を買って来るので、嫌いなら食べなくても済むようになっています。
ほとんど両親のために時間を割いて料理している時でも、イヤなひと口も食べられないまま廃棄されます。
「何で食べないの?」
もしもそんなことを聞いても、まともに答えなど返って来ないでしょう。
提供されることが当たり前に生きて来た父親は、好きなものが来るまで動きません。
「じゃあ、これなら食べる?」
母親の思考はいつもそうなります。
二重になったら無駄でしょ?捨てるのもったいでしょ?
特に最近の母親は、そこまで目の前の状況が過去と未来に繋がっているかを想像しなくなりました。
でもこれ、父親も母親も悪意は一切ないんです。
黙っていれば、誰かが助けてくれる。
父親は本気でそんな風に思い、母親を頼って来ました。
母親は母親で、思いつきた物を買って来ると、それでもストックとして切らすことがなかったんです。
麺つゆが3本、4本になってしまうとしても。
話戻すと、これでこみちがマヨネーズを買ってしまうと、母親はマヨネーズも自分で買わなくてもいいんだと学習してしまいます。
買いたい時に買う。
そんな買い物に全てなってしまいます。
結局、父親も母親もワンパターンを繰り返して生きているんです。
同じところでミスをして、それが要因でトラブルになる。
まとまったお金が必要になって、手持ちがあれば解決できますが、なければ子どもたちまで巻き添えになって、ちょっと厄介になります。
じゃあ、次はそうならないように注意するかというと、母親は解決できたから問題ないということを学び、父親は何もしなくても解決できると知り、結局は両親が変わることはありません。
何もしない父親が母親にはいろいろと持論を話しているようです。
もっとこうしたらいいんだとかないか。
父親も既に記憶がまだらなので、何か問題を起こしても、それを自分がしたとは思っていませんし、だから反省もしませんし、他人が助けてくれていることに感謝もしません。
これだけ聞くと嫌な人に聞こえますが、でも全く悪気はないです。
むしろ、それが当たり前で、それ以外を想像できないタイプなんです。
だから、自分が風呂に入ったことを、少し得意げになって報告して来ます。
「今日、風呂入ったから」
自分のために、母親か下着の用意もしてくれて、ただシャワーを浴びて来ただけでも、父親にとってはまるで家族のために何かしたような気持ちになるみたいです。
母親が腕を傷めたとしても、それを聞いて自分のために傷めたんだとは思わないようで、俺は風呂に入ったとそれを自慢できるメンタルなんです。
もう少し母親が状況を見られるタイプなら良かったのですが、それをいいことに父親は母親と二人きりになるとあれこれと自分が困らないように誘導しているようです。
本当に自分たちだけで解決できるなら、好きして欲しいですが、父親は母親に押し付け、母親も段々とそれをこなせないまま、途中で放置してしまう。
両親のこだわりって、ちょっと理解できないですよ。
我慢するとか、控えるという行為ができず、新たに解決が期待できる物を取り入れる。
しかもそれを自分では用意しないので、どうしてだろうと思いますが、ひたすら気づいてもらえるように待ち続けるのが父親のスタイルなんです。
根本的ではなく、今できることとして、母親は父親の要望に応じることができる行動だったりします。