何もしない父親と変わって来た母親
もう父親は、彼自身で生き方を決めてしまった気がします。
ご飯は誰かが用意してくれるのも。
それを食べて1日が過ぎればいいと言う生き方。
一方の母親も、彼女の性格は変わっていません。
それに合わせてしまうと、できないことや残されたことがこちら側の負担になってしまいます。
そこで、少しずつ止める方向にしたいのが、食事に提供です。
朝夕の食事作り
買い物はまとめ買いしているとはいえ、週に1回くらいは買い物をしなければいけません。
車は妻が使うので、片道3キロのスーパーまでこみちは走って行きます。
帰りは両手に袋を提げるので、走って来るのも簡単ではありません。
と言うか、ここだけの話、右腕の筋を負傷しました。
区間的とは言え、片手に数キロの買い物袋を提げて、キロ4分から5分ペースで走ってしまうと、体幹が安定しているとは言え、接地では腕に大きな力が何度も加わります。
そんなこともあって、どうやら腕を捻ると傷みがあり、買い物も少し困っています。
かと言って、これだけ暑いので氷などを買うと急いで帰りたくなるのもあって、走りたくなるんですよね。
帰宅すると汗だく。だからシャワーを浴びて、洗濯機を回して干すまでがセットで、一回の買い物も1時間で終わらせるのはなかなか急がなければいけません。
そこまでしても、エアコンの効いたリビングで父親はテレビをうたた寝しながら観ています。
段々と、この環境を守るためにこみちの頑張りが消耗しているのかと思うと、切なくなってしまうんです。
だからどこかのタイミングで、今迄の生活スタイルを変えてしまおうと思いました。
一応、食事作りは継続します。
でもそれだけで全部揃っているではなく、あくまでも一品をついでに用意する。
そんな感覚です。
今日の晩御飯も、鮭を焼いて両親に用意しました。
だって母親は、他にも焼きそばや肉団子なども買っているので、それを食べてもらえばよくないですか?
わざわざ、食材と手間と時間を使って、両親用のおかずまでは不要ですよね。
しかもその食費はこちら負担なので。
まだ頭の整理できていない部分もありますが、こみち自身をもう少し自由にして、家に縛られる割合を下げようかなと思います。
そうじゃないとこみちの方が両親よりも先に潰れてしまいそうです。