今が楽しめない!
ごめんなさい。
暗い話からです。段々と老化が進む両親。
例えば、ほとんど使っていない「中濃ソース」を母親が買って来ました。
美味しいんですよ。便利ですし。
でも母親の買い物はいつだって、自分基準。
もう料理という料理を全く作らなくなって、ソースや醤油も分かって買っているとは思えないんです。
賢い主婦だから、1円でも安い物を!
その考え、めちゃくちゃ大切です。
でも料理をしないので、ピーマンが3袋。
そんなにどうします?昨日ももやしと一緒に中華炒めにしたのですが、あまり好きではない野菜なので、そう毎日、食べたいとも思えません。
ですが買って来ます。
この前に作ったカレーもそうです。
まぁカレーなんて簡単なので、作る手間は全く気にもなりません。
ですがこれが全く食べないんです。
というか、自分たち用に夜も弁当とか惣菜とか買っているんです。
こみちが、朝夕、わざわざ作って来たのは、生活費を抑えるため。
確かにレパートリーが少なくなりがちで、野菜炒めをしても焼きビーフンまでは入りません。
キクラゲもありません。
あったら倍美味しいとは思いますが、80%、いや70%だからコストダウンできるんです。
でも好きな物を好きに買って、しかも最近では「リハパン」のように継続して掛かるコストを母親が負担しないんです。
もちろん父親も自分で払うとは言いません。
ただで家に来ているのではないので、必ず誰かが支払って買っています。
目立たないけど、支出するしかないコストはそっぽを向いて、好きな物や気になった物を好きなだけ買って来る。
そして、そんな母親に父親も疑問を持たない。
それで、お金が無いとか足りないと妻に無心しているのだから厄介です。
「渡したらダメだよ」
分かって使っていないので、お金を余分に持たせてももう意味がありません。
でも、妻もあげているみたいです。
そしてこみちには今月も厳しいねと。
人が頑張れる時って、それをクリアできたら少しでも良くなると期待するから。
ですが、こみちに求められる頑張りって、欲しくもない物を母親たちが今まで通り買うために迫られているように感じます。
昨日も歩行が困難になって来た父親のために、トイレに手すりなどを付ける工事をしました。
工事担当者が来て、数時間ですが待機して終わるまで出掛けることもできません。
ですが当たり前のように母親は出掛ける準備をして、「よろしく」とも言わずに家を出てしまいました。
そして終わった頃を見計らって帰宅し、手すりに触れた感想は「(手すりの表面)冷たいね」だと。
涙は出ませんが、心では泣きたくなりました。
ある意味、状況が理解できない天然な所と認知低下が重なり、母親の行動は本当に厄介です。
父親を怒鳴ってみたり、糖尿病なのに甘いものを与えて「食べな」と言ってみたり。
優しさのようで、結局は自分がどう思うかでしか行動できないようです。
もう疲れました。
段々と生きる意欲も低下中です。