頼りになる人、ならない人

 ものをくれるから頼りになるんじゃない!

恋人、結婚相手、同居する親。

そのパートナーとの相性ってありますよね。

何か提供してくれるから高評価なのではなくて、自身も必要に感じることを相手も必要だと思う気持ちがとても価値あるんだと思うんです。

例えば、ポンとお金を出してくれる。

それって、車とかパソコン、スマホのように高額な商品なら嬉しい話です。

でもここで話たいのはそんな例外的なことではありません。

例えば朝食作ることになった。

ウインナーの袋が10袋あったら、嬉しいかという話なんです。

一般家庭で、一度に10袋なんて使いません。

こみち家は1袋だけ。

だから、8袋を10袋にされても嬉しくはないんです。

同じことで、麺つゆのボトルが3本から5本になってもそう。

そのタイミングでは、もうそれじゃないだろうということをさらに追っても、もう好きでそうしているとしか言えません。

例えば、ゴミ出しの日にゴミ箱のゴミを集める時。

こみちがこっちから集めていると気づいて、反対側から集めてくれるのは助かります。

でも、こみちが持ち上げたゴミ箱を一緒持ち上げても嬉しくありません。

それはいいから、「向こうからして!」。

コレね。同居する両親のことなんです。

今朝、弁当のご飯にふりかけを掛けようと思ったら、中身めちゃくちゃ減っています。

アレ、もうこんなに使ったかなぁ?

これ、この前にも思いました。

そして、事実関係は知らないですが、母親が弁当を作るんだと言った時に、決まったふりかけや冷食が減っています。

使った確証がないのですが、使うなとも思いません。

でも、使うなら同じものを時には買って欲しい。

ですがここでも母親の特徴で、安価なふりかけとか、変わった味のふりかけを買って来ます。

でもそれ、こみちは使わないですよね。

そして母親は当たり前のようにこみちが買っているふりかけを使う。

だから、母親とのタッグって、ほとんど無駄になることが多い。

何でそれも使っちゃうの?

数日先まで考えて残していた冷食を、パッと母親は使ってしまいます。

しかも、同じものではなく、変わり種を買って来る。

足りなくなるだけではなく、余計な処理が増えるので、母親に買って来てとも言えません。

でも、母親は当たり前のように奪ってしまう。

意味のないものが増えるのに、肝心なものは減ってしまう。

言っても母親には伝わらないし、結局は今と同じことしかできません。

母親が悪いんじゃないです。

合わないですこみちとは。それだけ。

「アイスクリーム、買ったよ!」

でも買ってくれるアイスクリームって、好きなものではありません。

根本的に楽しみ方が違うでしょうね。