アナタは大丈夫? 距離感覚ありますか?

ここでいう距離感覚

例えば「目線の高さ」と言い換えてもいいかもしれません。

上から目線で言われると、何だか責められているように感じますし、妙に下から誉め殺しされると身構えますよね!?

つまり、そのシチュエーションに適切な目線や距離感ってあるんだと思うんです。

説明の便宜上、あえて数値を用いますが、50センチが正解で、20センチだと上から目線、100センチでは誉め殺しと簡単に言えるかというとそうではないはずです。

当事者ならもっと積極的に関わる場面とか、少し遠い関係なら気づかないくらいの対応が適切だったり、思いの外、その距離感覚って人によっても立場や関係性によっても変化するものです。

そこに神経を使いすぎると、この瞬間はどうあるべきか?そんなことを意識し過ぎて疲れてしまうのも現代人の悩みではないでしょうか。

一方で、そもそも距離感覚を全く意識しない、できないタイプが「天然ちゃん」と呼ばれる類いのグループです。

お気づきかもしれませんが、こみちのそのタイプ。

自分では全く天然ちゃんだと思ったことはありませんが、他人からそう言われてしまうので、そうなんだと思います。

つまり、偉そうにここで語っていますが、書いているこみちこそ、距離感覚に疎いタイプなんです。

距離感覚に疎いタイプの特徴は、何か始める時にその人が中心人物でないと上手く進みません。

つまりなぜかと言うと、距離感覚が疎いので、これに注意するとか、あのタイミングではこうしなければならないとか、あればあるほどそれを無視して進んでしまうからです。

父親と母親を見て実感

介護が必要な父親は、よくあることですが風呂に入ることを嫌がります。

それで、曜日を決めて、「何曜日だから入るでしょ!」と言う約束をしました。

もちろんそれで簡単に入ってくれる訳ではありませんが、何もない状況で入ろうと言うよりも、何曜日って決めたんだからと言う方が、少しだけ説得力が増します。

でも、ここで母親も距離感覚が疎いので、父親が「入らない」と言い出した時に、「じゃあ、明日ね」と早い段階で言ってしまいます。

何曜日でも本来ならいいですが、入らない状況を少しでも楽に進める工夫として曜日を決めて行動することにしたはずです。

それを「明日なら」と父親の思いつきに合わせてしまうと、風呂だけならいいですが、食事や他の場面で準備を完了させても、「今はしない」と言われてしまうんです。

ただでさえ大変な介護なので、厳密に決める必要はありませんが、それでも大まかなルールがあることで、される人もする人も負担が減るです。

あとで母親が大きなため息をつき、介護って本当に大変!」と言い出して、それはそうだけど、でも大変にしているのはアナタ自身なんですよと言っても気づいてくれないです。

それはお風呂という介護の距離感覚間違えているからなんですよね。

アレもコレも大変。

大変だろうと思う一方で、その半分以上が自分でそうしていて、しかも最後にはもうできないと父親と大げんかを始める。

父親に対しては、母親の苦労に気づいて少しでも負担を減らす工夫をして欲しいですし、母親に対しては、それ自分の首を絞めていませんか?という言動が目立ちます。

こみちが二人の夕飯を作っている時に、買い物した母親が真っ先に父親におやつを与えました。

「全部食べたら、夕飯食べられなくなるからね」と言って、全部を手渡します。

父親は好きなだけ食べて、結果、夕飯の量が決まります。

最近では夕飯がほぼ残り、翌日も同じことが繰り返されて、結局は捨てることも珍しくありません。

勿体無いという話ではなく、二人はそもそも距離感覚が疎いので、誰かしてもらってもその有り難さを感じることが苦手です。

なぜなら、いつも自分が思うようにしかできからです。

そこでそれをして、あとで困らない?

そう思えて仕方ないことも、後回しにしてしまうことが多々あります。

両親を介護するって、できないことが距離感覚なんですよね。

つまり、好き勝手して残った部分が全て後々に問題になること。

母親に買い物をしてもらって助かる部分もありますが、野菜室にピーマンが30個くらい、シメジが3パックもあります。

今の家族の食事量を踏まえて、そんなに必要?でも分からないですよね。

だから買って来てしまう。

風呂の件も買い物の件も、全て同じ理屈で、できる時もあるけれど、できない時に修正もできないです。

オムツを履かないと朝に失禁してしまう。

でも、父親も履いていないと言い出しませんし、母親も履かせていないことに気づきません。

そして朝になって、何で漏らすの?と母親は怒り、父親も言い返すというのが日常です。

母親なんて頑張っているですよ。

でも自分で大きくして、それを頑張って尻拭いする。

それも段々と全部はできなくて、残っています。

だったら距離感覚の意識を変えて、早く対処する工夫に目を向けて欲しいのですが、毎度毎度、ことが大袈裟にならないと気づきません。

流石にそれを介護するのはこみちにとってもできない範囲です。