母親が父親に「私だって仕事を辞めたい!」と言っていましたが
もう十年以上も前、父親がもう働かずに家にいると言い出しました。
それで母親に「それでやって行けるの?」と質問しました。
「迷惑は掛けない!」と言ったので、「その言葉、忘れないでよ」と念押しして両親の選択に指摘はしませんでした。
その後、母親の失敗があって、こみちは「悪いことをしたら、謝るのが人間だよ。ヘラヘラして誤魔化すのは相手に失礼だよ」と指摘しました。
それでも母親は「ごめんなさい」とは言いませんでした。
ずっと言い訳を続けたのです。
こみちはそんな母親を失望していません。
むしろかっこいいと思います。
だからこそ、最後まで泣き言は言って欲しくないんです。
自分で自分の意思で選んだ人生なので、その良い時も悪い時も、自分が選んだんだと誇りに思って欲しいんです。
でも今、母親は父親に、いやこみちにも聞こえると分かっていながら、「もう仕事を辞めたいよ!」と口にします。
でもあの時、父親がもう働かないと言い出した時に、こみちが言いたかったことは、母親が外で働くなら、父親は家事をしなければ継続できるという事実を伝えたかったんです。
たくさん働いたとでも思っているのかは分かりませんが、老いてくると時間が掛かります。
それはもう最初からわかっていることで、だから節約だって考えなければいけないんです。
でも今の今まで、好きなだけお菓子を買って、誰かのアドバイスにも耳を貸すことなく自由に生きたんだから、急に誰かの助けを期待しないで欲しいんです。
例えば仕事を辞めて収入が減ったとして、その分は誰が負担するのでしょうか?
家にいるとしても、もう料理もまともにできない両親が、今さら家事の何ができるでしょうか。
責めているんじゃないんです。
そうなるから相談しようと言ったあの時、両親は「迷惑を掛けないから大丈夫だ!」と啖呵を切ったんです。
その啖呵は、覚悟でなければいけません。
その場の雰囲気で調子よく言っただけの言葉では、なおさら周りが迷惑です。
もう自分で食べることくらいしかできない父親なので、家事を分担することもできないでしょう。
かと言って、母親も何かできるのかって考えると、そう多くはありません。
買い物だって怪しいですし、まして元々料理もできないタイプなので、復帰するとしても両親は両親でして欲しいくらいです。
しかも今朝、昨日こみちが作った夕飯はそのまま残っています。
それは今でも母親が買い物で父親と二人で食べるおかずを密かに買っているんです。
その理由は、母親のポジションを守るために今でもおかずを買うことが止められないからです。
自分ではもう作れないから、でもこみちに作ってもらうだけでは主婦としてのポジションが失われると思ってなのか、そうやっておかずを買って食べるんです。
それってある意味で、両親が二人で頑張る生き方の答えだと思います。
だからこみちに頼らずに自分たちで賄うから作らなくていいと言ってくれたら嬉しいです。
でもポジションだけは失いたくない。
だから今でも作らなくていいとは言いません。
でも作っても食べないという行為を平気でするんです。
それでどうやって仕事を辞めるつもりなのか。
不思議でなりません。
家でも続けられる仕事にシフトするなら分かります。
その準備期間としてこの十年を使っていたなら、応援もできます。
実際にはできなかったとしても、その姿は家族としても支えようと思える一因です。
でも母親は違う。
ずっと頭を下げないで生きたんです。
それを急に「家族だから支えて当たり前」と言い出すような醜態は晒さないで欲しいです。
十数年前、老いるとどうなるかを考えいいキッカケがありました。
その時に父親はある意味で家族の驚きを押し切って仕事を辞めました。
正直、何も準備しないで老後を不自由なく暮らすなんてできるはずがありません。
そして起きて来た母親が今さっき沸かしたお湯をまた沸かしています。
沸かすことができる。だから沸かす。
気持ちは分かるけど、同じことをしても意味がないんです。
逆に自分のこととしてするなら沸かさなくても大丈夫だよと言ってくれたら、こみちの家事は一つ減らせるのですが。
結局は保険があって、できなくても大丈夫と分かったことをまたやり直しているだけになっています。
母親、大丈夫?
やっているポーズだけでは、生きていけないんだよ。