なぜ人は自分から追い詰めてしまうのか?

 帰宅した妻が玄関ドアを開けようとして

帰宅した妻が施錠された玄関ドアの鍵穴に鍵を差し込みました。

こみち、その音に気づき内側から解錠したんです。

「おかえり!」

声を掛けましたが、妻は不機嫌で「何で開けるの?」と言って来ました。

確かに内側から解錠されたら、鍵を取り出した手間が無駄になってしまいます。

でももうそこはいいじゃないと思って「それで怒らないでよ!」と場を悪くしたくなくて言ってしまったんです。

ですが妻は激昂しました。

説明が完全に届かない状態

普段、両親に対して文句を言うのは、憎しみではありません。

こみち家が破綻しないためにどうみんなが生きると良いのかを考えた時に、これだけは守って欲しいということさえ全く聞き入れならないので、それだとフォローもできないと嘆いているだけです。

それは妻に対しても同様で、優しい気持ちだけでは介護はキレイゴトになってしまいます。

それで「私はこんなに頑張っている」と言われてしまうと、「頑張り」ではなく「それがどう役だったのか?」で考えないと最終的には上手くいきません。

両親にこれだけはとお願いしていることも、できないならフォローすればいいんです。

でもそこもできないことになると、同じようなことが至るところにあるので、体力やメンタルをこみちがまた壊してしまうでしょう。

継続するためにも最低限ここだけはということを提案しているつもりですが、両親は全くその意図も理解できません。

そして、昨日の妻もまた両親と同じようなことを話しているように見えました。

妻も結果を求めます。

それは当たり前で、そうなんです。

でもだからこそそうできるように環境を整えませんか?ということを家族全員で共有したいんです。

でもそれもしません。でも結果は欲しいでは両親の1ミリも譲らない生き方と変わりません。

それこそ譲る必要などなくて、両親は両親で生きればいいんです。

立ち行かなくなった時にどうしましょう?と考えるしかできないのだから。

それを妻は必死でカバーしようとして、「こんなに頑張っている」と怒るんです。

どんなに説明しても通じません。

妻はこみちに不満をぶつけます。

でもその不満もこみちにも理解できるのですが、だからこうしようという提案には全く耳を傾けてくれません。

何も変えたくない。でも幸せにはなりたい。

そんな話などあるはずないです。

幸せになるためにも、その方向に向かって歩かないと。

でもそんな話をするとズルいとかいつもそう逃げるという話しになります。

在宅介護の注意点

絶対にしてはいけないポイントが、親の財布と区別つかなくしてしまうことです。

なぜかというと、介護が始まると働けなくなります。

つまり両親はそれまでの蓄えと年金で生活します。

その金額が十分ならいいのですが、それでは厳しいとなるとその補てんで介護はさらに負担を増します。

その時に親の財布と混ぜてしまうと、ケアマネに経済的な相談をする時、こみちたちの生活も破綻しなければ支援を望めません。

仮に両親が経済的に支援されても、ほとんど預金を使い切ったこみちたちは、もう何かあれば終わってしまう瀬戸際に立たされます。

だからこそ、自分の財布と親の財布を混ぜるべきではありません。

絶対にしてはいけないポイントです。

ですが、妻は両親に対して優しくしたいと言いますし、そうしないこみちに不満を持ちます。

数年前から貯金してねと両親に言って聞かせ、その意味を理解していないのか、貯金が減っている現状に加えて、財布まで混ぜてしまったら、一家で破綻する以外に支援を相談することができません。

メンタルまでボロボロになって、そこで助けてくださいと伝えても、両親だけでなくこみちたちだってかなり厳しい状況になるでしょう。

それでも立ち直れればいいのですが、そう簡単ではありません。

こみちは父親の要介護認定を受けるように提案したのも、デイサービスを使いたいからだけではありません。

むしろ両親の経済力を早い段階からケアマネにも把握させたかったんです。

というのもこの先、絶対に問題となる部分で、そこが家族だけの支援ではどうにも立ち行かなくなるからです。

例えば、ホームヘルパーに来てもらい、父親の食事の用意をお願いする。

それだけでも、こみちが料理しないで働く時間に回せます。

両親が家にいるようになっても、もう家事を完全に任せることはできないと思うので、今年は良くても3年後は家にいるだけの二人と考えるべきです。

病院に連れて行くのも両親だけではできない。こみちのどちらかが休んで連れて行くか、ヘルパーに楽しむしかありません。

してあげられるならしてあげればいいんです。

でも自分たちが立ち行かなくなるほど頑張っても、一家が行き詰まります。

だから「優しくしたい」という感情の話ではなく、どう生きるべきかをケアマネにも関わってもらおうと提案したいんです。