介護が始まってから、絶えず怖さがありました。
この先どうなるのか分からない不安と、自分がどこまで背負えばいいのかという迷い。
思い込みが変化した瞬間
数年前から段々と始まった両親の介護。
最近は日常のあちこちで老いを感じる場面が増え、「親の介護はこれからどうなるのだろう」といつも悩んでいました。
自分のことで精一杯なのに、不安は次々に出てきます。
けれど最近、大切な気づきがありました。
それは、これまで私は「介護」を根本的に誤解していたということです。
以前の私は、「老いていく両親をどう支えるか」それだけを考えていました。
つまり、「介護=自分の生活を削ってでも親を支えること」だと思っていたのです。
でも、それは違いました。
「自分の生活」と「両親の生活」は、別のものです。
それを混ぜて考え、自分の人生を制限することも介護だと思い込んでいたんです。
そこが、共倒れの入り口でした。
両親も自分も潰れてしまえば、もう介護どころではありません。
だからこそ最優先は、自分が潰れないこと。
その範囲で介護を考えるのが、いちばん良い形なのだと気づけました。
老いが進む現実の中で
今朝、父は就寝中に失禁をしませんでした。
ここでも介護があって、家族が対策をしているんです。
寝る前には、リハビリパンツに加え吸収パッドを適切な位置に固定できるよう妻が毎回縫い付けて準備しています。
さらに、履きやすいよう事前に整えてから母へ渡します。
本来なら母がそこまでできればいいのかもしれません。
でも母親にそれ以上を期待してもそれは難しく、履かせるだけが現実的です。
例えば上手くいかなった時、その改善策を考えて工夫することはもうできないんです。
失敗した朝、「何で漏らすの!」そう怒る母親に「もう難しいんだよ」と伝えても解決できないところまで来ています。
失敗しなかった朝、父がトイレを使った後は便座カバーが濡れていることがよくあります。
しかし父は、気づいても便座カバーを自分で交換すると言う発想は浮かびません。
かと言って母もまた、濡れていること自体に気づきません。
以前の私は、「どうして二人は分かってくれないのか」と悩み、苦しんでいました。
けれど老いが進めば、こんな感じで生活のいろんな場面でできないことが増えていきます。
仕事、家事、生活…。そのすべてを自分が背負うのかと思うと、頭がいっぱいになってしまったのです。
頼るという発想の転換
そこで改めて思うのです。例えば両親が最期を迎えて自分しか居なくなった時を。
介護が5年、10年続けばみんなも年を重ねます。
当然、私も老いて来るでしょう。
だからこそ、自分の生活は、自分のために守る。
介護は、自己犠牲で成り立たせるものではありません。
その時に、地域包括支援センターのような専門家に現状をそのまま伝えると言う発想の転換を知ったのです。
できること、できないこと。
精神的な負担や経済的な不安も含めて、正直に話していい。
家族だけで抱え込むほど、共倒れの危険は高まります。
第三者――介護のプロに関わってもらうことで、両親にとっても、自分にとっても、より良い形が見えてきます。
気持ちの変化
そんな風に頼るということができるようになって、どれだけ伝えてもできない両親にもう怒ることがなくなりました。
代わりに出てくるのは、「大丈夫? ケガはない?」
そんな言葉です。
在宅で支えきれなくなれば、施設という選択もあります。
それは「見放す」ことではなく、支え続けるための方法のひとつです。
できることはしてあげればいい。
でもできなくなったら、公的な介護サービスの支援を受けようと。
これから
「できないけれど頑張るしかない」もうそう思い詰めることはなくなりました。
できないなら、一度バトンを渡していい。
「ここまではできる。でも、これ以上は難しい」
そう言っていいのです。
共倒れするくらいなら――その方が、きっといい。
そう思えるようになって、
気持ちはずっと楽になりました。
これからは、できるところまでやってみる。
そして難しくなったら、また相談する。
その繰り返しで介護はいいのだと思います。