ブチギレたら妻に呼び出された!って話

 一歩も譲ってくれないことに…

こみちも理解していない訳ではありません。

ですが、100ある不満の1つくらい、こみちの意見を守ってくれる意思表示は欲しいのです。

父親で言えば、「湯を沸かすこと」は気づいた人がササっと沸かしたいという話。

一方で、こみちの仕事が休みでも、家族の誰かが起きる時はいつも決まった時間に起きて朝食を作るのはこみちの担当です。

つまり、早起きしなければいけないのはほぼ毎日なんです。

たまには「今日はオレが作る」と言ってくれる日があっても良くないですか。

もしくは、パンでも買って来て、それを食べることを提案するとか…。

誰かの負担を助けようとするなら、どんな形でもそれを示すことはできるはずです。

朝メシを作るのは、こみちの仕事。

食器を洗うのも、トイレ掃除も…。

妻とは部屋で話し合いに

夕食の後、これから洗い物をするという時になって、ぶちぶちと文句を言っていたら、妻に怒られました。

「もう部屋に戻っていろ!」と。

そもそもはポットに残っていた500ccほどの湯を、こみちが食器を洗う時に使って、空いたポットに湯を沸かして入れるという父親からの提案がきっかけでした。

確かに僅かとは言え、湯をそのままシンクに流してしまうのはもったいない。

できるなら何らかの形で使えたらいいですよね。

でもそのタイミングって、毎回、こみちが食器を洗う時しか無いでしょうか。

両親だって、自分たちの使った食器を洗います。

茶碗と箸、コップくらいは。

例えば500ccの残り湯をその時に使って、洗い物している時に湯を沸かすことなどできないはずはないでしょうか。

たったそれだけのことを、こみちの時に当てて、しかも湯を捨てるだけではないんですよ。

その僅かな残り湯の処理をするために、今度はその空いたポットの掃除までしなければいけません。

だったらこみちが毎朝沸かすので、日中は好きに沸かして欲しいという方が、よほど精神的にもいいくらいです。

一方で、妻とは大変でした。

一時期、離婚もあるくらいの勢いですれ違っていた関係だったのですが、それが何となく落ち着き、しかもジョギングシューズまで買ってくれたりして、今後の休みにはどこどこへ行こうと楽しい会話もありました。

ところが、こみちが父親の行動に不満漏らしたことで、妻の怒りがこみちへと向きました。

「もう貴方達親子の面倒は見たくない!」と、正に正論です。

父親の正体?

もしかして、こみちも知らない所で、父親は大金でも隠し持っているのでしょうか。

宝くじでも当選し、家族も知らないまとまったお金を持っていたりして…。

日ごろ、テレビを見ているだけの父親ですが、母親があくせくと働いているのを「好きで働いている」と言い放つのも、そんな蓄え故の行動だったら、全てが腑に落ちます。

しかし、父親の生活を支えているのは母親ですし、父親の収入は年金だけしか無いはずです。

だから「何もしない父親」というイメージしかありません。

例えば、実は数億円の預貯金を母親も知らない方法で得ていて、父親に優しくした人に遺産として分け与えるつもりというドラマのような展開が待っていたら…。

それはそれでk驚きしかありません。

もしもそんなことになっていたとしても、今のストレスの多い生活ではこみちの身を持ちません。

それこそポックリと亡くなれば、葬儀などの話だけですが、この先に介護となれば、今以上に負担が増し、それがどこまで続くのかも見通しも立ちません。

父親や母親のために、10年の介護が続いて、その代償として、1000万円の相続を受けられたとしても、10年という時間はむしろかなり貴重です。

例えば、両親の介護を終えた時に、こみちたちの年齢が70代になっているということだってあり得ない話ではありません。

今の医療は本当に凄いので。

全てのことを終えた時に、もうこみちたちも高齢者で、その代償として1000万円を得られても、毎日オムツ交換して、デイサービスに行ける用意や日々の食事までと考えたら、10年、20年という年月で強いられる労力としては高い報酬とは思えません。

しかも、1000万円を持っていたらの話ですから。

一人の人間が最期を迎える時って、それまでの生活で使っていたものを誰かが片付けないければいけません。

同居で両親が引っ越して、空いた実家の後片付けはどうなります?

誰があの家の片付けをするのでしょうか。

丸々全部捨ててしまうなら簡単ですが、一軒家の荷物を片付けるのを業者に依頼すると、安い所でも数十万円の単位です。

しかもいる物を残すには、依頼者側で時間を掛けてその分類も必要です。

何十年と暮らした家なので。

叔母の時、期間としては数ヶ月でしたが、それはそれでめちゃくちゃ大変で、こみちは休みを全部潰して、休日にいろいろと奔走しました。

住まいの処分や施設探しなど…。

ある意味で、その大変さが父親と母親で二回あるなら、その対価が幾らでも、やっぱりかなり重い話です。

まして、父親自身にはほとんど預貯金など無いと思っているので。

こみちだって、後々にお金が必要だろうと思って、今は欲しい物も我慢しているですよ。

将来のためと思って。

親の介護というのは、やる気もそうですが、経済的な負担も大きく関わる話なので、いろんな意味で本当に大変です。