「もうボケているんだ」と思うことで 在宅介護の心得

 仲が悪くていいことはない!

どうしても、親の介護をしていると嫌なことが増えます。

想像してみてください。

部屋の掃除を終えて、すぐに床にゴミが捨てられていたら…。

これは例え話ですが、「やっと一区切りがついた!」と気持ちにも区切りをつけられて、次のことに進めるという達成感で頑張った自分を褒めたくなります。

でも終わったばかりのすぐに、また目につくところにゴミが捨てられていたら、それまでの頑張りも無効化されて、掃除を始める前のモヤモヤした気持ちが蘇ります。

「まだ出来ていない」

「頑張った」という本当なら褒めたいタイミングで、「出来ていない」という感覚に引き戻されます。

これを繰り返すと何をしても「ダメ」という気持ちが増して、気力が失われてしまいます。

これが介護の本当の辛さではないかと思うのです。

とは言え、「ゴミを捨てるな!」では、介護される方も窮屈な気持ちになるでしょう。

だから、捨てるのはいいけれど、タイミングや方法で、互いに思いやりがあればいいのです。

床に捨てたり、そこら辺に放置してしまうのではなく、せめてゴミ箱に捨てるくらいの思いやりが欲しいのです。

「もうボケているんだ」

洗い物が終わったら、やはり食器を棚に戻して欲しいんです。

洗浄機から取り出して使うという習慣は、どこか合理的でも、生活感が強くなるからです。

今朝、料理で使うザルの中に洗ったペットボトルが水切りカゴとして使われていました。

多分、母親がしたことだと思うのですが、以前からその方法はカゴを洗わないままになってしまうので禁止にしようと決めました。

ですが、どこでその約束を忘れたのか、ペットボトルが突っ込まれていたんです。

「ここには置かないで!」

互いに気持ちよく使いたいからこその約束事も、母親はどれ一つ覚えていないようです。

一時期、守れていても、それは約束事だから制限したのではなくて、たまたまそういう状況になっていなかったからのようです。

指摘するのもやっぱり心苦しいことですし、指摘しても直せないので、もう諦めるしか方法はありません。

できないことをしてくださいと言っても、それは期待する方が無理があるからです。

あとは自分がどんな理由で納得するか。

こみちは「もうボケている」と思うことで、できていない時も「仕方ない」と思うようにしています。

でも最初の例え話に戻りますが、してもしても、全くことが進まないので、「仕方ない」と感情を抑えますが、現実は何も変化出来ていません。

きっと言わなくなれば、了承されたことになり、ペットボトルだけでなく、他のものもいいんだとなるでしょう。

「流石にそれは」

そんなことを口にすれば、「ペットボトルは大丈夫だったのに?」と反論されそうです。

だからと言って、約束事を指摘してもできないことに変わりなく、ため息ばかりつくので、考えがループするだけで解決することもありません。

「嗚呼、また戻ってしまっている…」

結局、好き勝手な生き方を丸々受け止めるか、全く距離を置いて放置するかの二択しかないようです。